ANTIQUE DHURRIE / アンティークマット







『DHURRIE』とは、インド製の毛羽のない綿やウールで織られた、伝統的な敷物のこと。ダリ、ダーリなどとも呼ばれる。
約100〜150年前にインドの刑務所で織られたこのシリーズは、現存数が年々少なくなってきており、希少価値も高い。


この敷物が織られた頃のインドのお話をすこし。

当時はまだイギリス領で、18世紀に起きた産業革命とイギリスの本国を優先した貿易政策の影響で、伝統的なインドの手工業による綿製品は、壊滅的な打撃を受けて衰退しきっていた。

同時に大量生産による安価な綿織物が凄まじい勢いで流入し始める。
イギリスの資本主義と植民地政策は、インドの工業発展の可能性と人々の職をも奪い、深刻な貧困と飢餓をもたらすことに。
やがて、植民地支配に対する反乱や反英闘争が各地で激化していく。

そんな時代背景もあって、当時の治安は安定しているはずもなく、逮捕者を収容する刑務所に関する法律もまだ整備されていないような状態。
囚人たちの処遇や規則を近代化させつつ、一定の衛生環境や健康水準にも配慮すべく、当時のインドの官僚たちは苦労していた。

まず治安の問題があった。
刑務所内でもカーストをはじめとするコミュニティの問題や抵抗運動、暴動などの危険性が強く、過酷な労働は健康面も考慮して改めたり、犯罪の抑止と更生のために秩序作りを急いだりした。

さらに予算の問題もつきまとう。
当時、刑務所に十分な予算は与えられていない。
なんとか法を整備しつつ、予算をかけずに囚人たちを収容しながら、安全かつ健康的に更生させる手段が求められた。

そんな中、一部地域では囚人への新たな処遇制度が導入され始める。
それは命令や規律に従順で、静粛に刑務作業をこなす模範囚や秩序の維持、回復に努めた者などに段階的に点数が与えられるもの。
累積点数にしたがって、刑期の短縮や囚人官吏への登用などの待遇改善が図られるようになっていった。

そしてこの囚人官吏の採用によって刑務作業の監督人員を増加でき、刑務所への多様な手工業の導入が可能になった。
手工業の導入によって、従来の大掛かりな踏車などの刑罰に比べて、予算を抑えつつ健康水準を保ち、かつ安全な刑務作業が実現した。
この点数制と手工業の刑務作業導入は成功し、受刑者の更生やその後の刑務所運営に欠かせないものとなっていく。
植民地支配によって失われつつあった伝統的な手工業も、皮肉なかたちで受け継がれていくことに。

この敷物もそんな時代背景のもとで作られていった。









織物や編み物には作り手の技術もさることながら、精神的な気持ちの部分も反映されるといわれる。

あらためてこの織物を見てみると、そこに荒廃した時代背景や絶望したようなネガティブな感情は一切うかがえない。
むしろ、整然と緻密に織り上げられた模様には、洗練された美意識や格調高い秩序、それぞれの柄には力強い希望すら感じる。

このアンティークダリを織った当時の受刑者たちは、最初は作業が面倒で嫌だったかもしれない。
おそらく多くの人は興味もなかっただろう。
この織物を作るのに相当な日数を費やしたことは想像に難くない。
ダリを織るためには膨大な手間がかかるし、日々すこしづつしか作業が進まない。
それは気の遠くなるような毎日だったに違いない。
それでも作業をしていくうちに、すこしづつ達成感が芽生えはじめ、心地よい労働意欲や技術の向上がさらにやる気を増幅させていき、織り進むたびに前向きな感情を抱き始めていたのではと思えてくる。
でなければ、この織物が放つ輝きを説明できない。
まるで毎朝神に祈りを捧げる聖職者のように満たされた精神で、このダリは編まれていったのではないだろうか。



思わず引き込まれるほどに見事な色使いは、生きることへの希望なくしては出せなかっただろう。

力強く真っ直ぐに伸びたストライプは、植民地支配によって失われつつある技術を守ろうとする決意を表しているかもしれない。

印象的に配置された柄は、どれだけ虐げられても消えることのない、民族意識と誇りの象徴にすら見える。

長い時間をかけて育まれてきた生地の風合いは繊細で、くたびれた様子が微塵もない。
今でも織られたときの息づかいと力強さが生きている。
ところどころに薄汚れや染み、傷み、破れなどがあり、超えてきた時間の重みを感じさせてくれる。
世紀をまたぐほどの時を経てもここまで綺麗に現存する“物”には、言葉では言い表せないような普遍性が宿っている。
もはや良い悪いの次元ではなく、ただただ美しい。
おそらく次の世紀でこれを目にする人も、同じように感じるだろう。

この素晴らしい“物”と一緒に暮らしていきたい、と。





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