CHOPSTICKS / 箸





私たちはよほどのことがない限り、なにか食べるということを忘れない。

例えばもう、このままベッドにもぐりこんでしまいたいほどに疲れて帰った夜も、なぜだかいつもより早く目が覚めて、勢いそのままに一日をスタートさせてしまった朝も、ひさしぶりにやっと会えることになった友人と待ち合わせた初夏の昼下がりにも、きっと、食事をすることになるはず。

そう、箸やカトラリーを手に持ちながら。

世界の約3割の人が使うともいわれている「箸」。
その箸を使う国の中でも、箸だけを使って食事をする作法が確立されているのは、実は日本だけだそう。
たしかに私たちは、例えば汁物である味噌汁を飲むときにレンゲやスプーンを必要としない。
食事のときに箸さえあれば大抵の料理は大丈夫だし、逆に箸がないとなんだか落ち着かない。
もちろん毎日の暮らしには欠かせないし、口にいれるものを直接触るので、できれば体にやさしい素材や作りで、長く付き合っていけるものを選びたい。





箸は中国がまだ紀元前だった頃に使われ始め、日本へ伝わってきたのは、はるかに時を経た飛鳥時代といわれる。
カルチャーショックが大きかったのか、それとも文明社会への憧れか、はたまた日本人の気質によほど合ったのか、とにかくそれからの日本人の箸に対する愛着は凄まじい。

それは箸にまつわる言葉の多さからも、いかに大切な存在かがうかがい知れる。
祝い箸に割り箸、菜箸や火箸などの種類の多さはもちろんのこと、作法におけるタブーを表した“嫌い箸”には、寄せ箸・指し箸・ねぶり箸、直箸・空箸・なみだ箸など枚挙に暇がない。

それに箸は、数え方も多彩でユニーク。
一膳・一組・一揃い・一具・一本などと複数あるだけでも特別なのに、主な数え方に「膳」が使われているのは、やはり単なる道具にしては破格の扱いだと思う。
膳はもともと料理そのものや、それを載せて供する台、さらにいえば茶碗に盛られたご飯のことを指す単位で、まさに食そのものを表すといっていい。
「膳」という字には、体の器官(肺や腰)を表すのに使われる月(にくづき)を使うことから、単に道具という無機質なものではなく、体の器官やそれに近い機能を果たす重要な物としても箸を扱っていることがわかる。

さらに、ナイフやフォーク、スプーンそれぞれが「切る・刺す・すくう」の単一の機能しか果たさない「道具」であるのに対し、箸は「つまむ・はさむ・押さえる・すくう・裂く・のせる・はがす・支える・くるむ・切る・運ぶ・混ぜる」といった12もの機能を果たす「器官」であり、箸の機能がいかに優れ、またいかに上手く使われてきたかに驚かされる。





箸を使うという行為は、“食べる”こととは切り離せない、いわば習慣のようなもの。
そして日々の習慣や行動を通じて、私たちの人間性は形成されていく。

どしゃ降りの春の嵐に遭ったような不幸せなときも、澄みきった秋の高い空めがけて舞い上がりそうになるほど心が弾んだときも、私たちは“食べる”という行為を通じて、もっといえばいつもと変わらない箸という物を使う日常によって、知らないうちに心の健康やバランスをも保っているのかもしれない。

それは移ろいゆく日々の中でも決して変わることのない、大切な時間。
そして私たちが集めていきたいのは、そんな時間をともに過ごしたいと思えるような物たち。

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